説明
100年以上前に発表された有名な錯視図形です。細い白い格子(こうし)の十字路のところが問題です。画面の中央付近をながめて、目を動かさず周辺あたりの交差点に注意すると、交差点の中央に黒い影がチラチラしますね。ではこの黒い影を目の中心でとらえることはできますか?追いかけると、するっと逃げられてしまいませんか?このように、目を向けているところでは、黒い影が見えないのもハーマン(ヘルマン)格子錯視の重要な特徴です。
ハーマン(ヘルマン)格子錯視の一般的な説明(つまり視覚の心理学や生理学の本に載っている説明)は、「中心-周辺型」の神経細胞が関与しているというものです。ものを見るときには、目と脳が一緒に働いています。目や脳には神経細胞(しんけいさいぼう、ニューロン)と呼ばれる細胞があります。それらの働きのおかげで、私たちはものを見ることができるのです。
ある神経細胞が、視覚情報をどのように処理しているかを知るためには、その神経細胞の受容野(じゅようや)を知ることが大事です。受容野とは細胞の反応を引き起こすことができる視野内の領域のことで、一般に、その神経細胞が、一番よく反応する光のパターンによりあらわします。
下の図は、網膜や脳にある、もっとも基本的な視覚神経細胞の受容野です。
プラスは明るい光、マイナスは暗い光を表します。つまり、この神経細胞は、中心部分が明るく、周辺部分が暗いパターンがその受容野内に出ていると、とても活発に反応するのです。
さて、ハーマン(ヘルマン)格子錯視には、このような「中心-周辺型」の神経細胞の働きが重要だ、という仮説に戻りましょう。まずは、ハーマン(ヘルマン)格子錯視における交差点の中心と、道の中心を比較してみましょう。
ハーマン(ヘルマン)格子錯視では、前者には黒い影が見えますが、後者には見えません。この二つの中心点の周りの明るさを確認してみましょう。交差点の中心の周囲には垂直、水平方向に白い領域(道ですね)があります。しかし道の中心の回りにある白い領域(これも道です)は垂直か水平のどちらかです。つまり、交差点の周りのほうが、道の周りよりも明るいのです。
上の図では、「中心が白色、周辺が黒色」というパターンによく応答する「中心-周辺型」の受容野を、交差点の中心と道の中心に重ねて描いています。周りの明るさが違うわけですから、この二つの「中心-周辺型」の神経細胞からの応答は、異なっていることが予測されます。つまり、交差点の中心への応答が、道の中心への応答よりも弱まると考えられます。前者では、周辺がさほど暗くないことにより、神経細胞の出力が抑えられるからです。そのため、交差点の中心はほかの道の部分より暗く見えるというわけです。
ところで、見つめている交差点では黒い影はあらわれません。それは、見つめている点、すなわち視野(しや)の中心では、神経細胞の受容野がとても小さいため、交差点の中心と道の中心では神経細胞の応答に差がでないからだ、と考えられています。
しかしこのような説明では必ずしも十分でないことが、最近の研究から明らかになっています。「すすむ」を押すか、画像を左にスワイプして、2枚目の画像に進んでみましょう。ここでは、道がすこしゆがんでいます。驚いたことに、交差点の黒い影は消えてしまいました。この結果は、上の説明だけではハーマン(ヘルマン)格子錯視が説明できないことを示しています。というのも、上記で紹介した「中心-周辺型の神経細胞が働いている」とする仮説からすると、道がすこしくらいゆがんでも錯視(黒い影)は現われるはずだからです。ハーマン(ヘルマン)格子錯視が道のゆがみにとても「敏感」であることから、何かしら別のメカニズムの関与を考える必要がありそうです。
参考文献
- Geier, Bernath, Hudak, Sera (2008) Straightness as the main factor of the Hermann grid illusion. Perception, 37, 651-665.
- Schiller, P. H., Carvey, C. E. (2005) The Hermann grid illusion revisited. Perception, 34, 1375-1397.
デモについて
- デモの操作方法については、使用方法のページをごらんください。