説明
冷凍食品を電子レンジで解凍したとき、温め時間が不十分だと解凍むらができることがあります。その食品が温まったかどうか判断しようと手で直接触れたら思ったより熱くて思わず手を引っ込めてしまったけれど、落ち着いて触り直すと凍ったままのところと温まってきたところが入り混じっているだけで、決して熱くはないことに気がついた、という経験はないでしょうか?
それ単独では熱いとは感じない温かい物体(40°C程度)と冷たい物体(15°C程度)を近くに並べて皮膚に同時に触れさせると、熱い物体に触れたような錯覚が生じることがあります。この錯触は個人差がありますが、人によってはチクチクとした痛みや灼熱痛を感じることもあるそうです。もちろん、実際には身体に害となる刺激は与えられていないので、錯覚的な痛みを感じるということになります。この錯触はサーマルグリル錯覚と呼ばれています。
サーマルグリル錯覚は温度の指間参照現象に似ていると思われた方もいるかもしれません。しかし、温度の指間参照現象のように、複数の温度刺激を平均化したような感覚が生じるのであれば、温かい物体と冷たい物体の中間の温度を感じるはずです。ところが、サーマルグリル錯覚ではむしろ高熱を感じたり、もしくは痛みを感じたりするという点で温度参照と異なっています。
サーマルグリル錯覚を説明する仮説はいくつか提案されています。例えば、普段は隠されている痛みが温かさによって現れるとする説があります。冷たいものに触れたとき、通常冷たさに反応する受容器(皮膚内のセンサ)だけでなく、侵害刺激(痛みのもととなる刺激)に反応する受容器も活性化されます。しかし、我々が普段そこそこ冷たいものに対してそこまで強く痛みを意識することがないのは、神経系において冷たさ信号が痛み信号を抑制する仕組みがあるからだと考えられています。ところが、冷たいものと温かいものに同時に触れたとき、脳に向かう途中で温かさ信号が冷たさ信号を抑制するとも考えられています。その結果、冷たさ信号が痛み信号を抑制することができなくなり、痛みが目立つのではないかというのがサーマルグリル錯覚を説明する一つの仮説です。
別の説としては、皮膚への侵害刺激が足し合わされるという説があります。この説では、温かさによって活性化する痛みの受容器と、冷たさによって活性化する痛みの受容器が両方同時に活性化させられるため、結果として痛み信号が多く足し合わされて、痛みを感じるのではないかという仮説です。
一方で近年では、温かさと冷たさのような温度差が大きい状況は人間にとって危険なので、神経系がその状態を検出して警告を出そうとした結果サーマルグリル錯覚が生じるのではないかと考える研究者もおり、まだ議論に決着がついていません。
参考文献
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- Alrutz, S.(1898). On the temperature-senses. Mind,7, 141–144.
- Craig, A. D. & Bushnell, M. C. (1994). The thermal grill illusion: unmasking the burn of cold pain. Science, 265, 252–255.
- Burnett, N. C., & Dallenbach, K. M. (1928). Heat Intensity. The American Journal of Psychology,40(3), 484-494.
- Fardo, F., Beck, B., Allen, M., & Finnerup, N. B. (2020). Beyond labeled lines: A population coding account of the thermal grill illusion. Neuroscience & Biobehavioral Reviews,108, 472–479.
- Kammers, M. P. M., de Vignemont, F., & Haggard, P. (2010). Cooling the Thermal Grill Illusion through Self-Touch. Current Biology,20(20), 1819–1822.
デモのながれ
デモについて
- デモの操作方法については、使用方法のページをごらんください。
- 錯触デモを試される際には、皮膚・身体等に痛みやダメージを与えないよう、刺激強度、刺激方法、道具の操作にお気をつけください。