説明
片耳ずつ聞くと、右側には楽譜Aの上段、左側には楽譜Aの下段のような音が聞こえたと思います。ところが両耳で聞くと、楽譜Aのようではなく、楽譜Bのように聞こえたのではないでしょうか。つまり一音ごとに左右の音が入れ替わって聞こえるのです。
この現象はダイアナ・ドイチュによって発見されました。私たちの聴覚は、音のさまざまな特徴をバラバラに処理します。音源の識別や位置の判断を行うためには、それらの特徴を適切にまとめなければなりません。そのときに手がかりとなるのは、音の高さ(周波数)がなめらかに変化することや、音の位置が一定であることなどです。このデモの場合、どこから聞こえてくるかを手がかりにしてまとめれば、楽譜Aのように聞こえるはずです。しかし周波数がなめらかに変化していくことを前提にまとめれば、楽譜Bのようになります。このように二つの手がかりが矛盾している場合には、周波数の手がかりが優先されてしまうのです。私たちが暮らしている実際の環境では、音が色々な場所に反射したり、残響が生じたりします。したがって、どこから聞こえてきたかを手がかりにするのは、あまり有効ではないのでしょう。
(『音のイリュージョン』 p.88-90)
次に、この錯聴の効果を使用した楽曲の例を聞いてみましょう。下記の再生ボタンを押して音を再生してください。
これはチャイコフスキーによる有名な交響曲の一節です(交響曲第6番「悲愴」第4楽章)。まずは、ヘッドホンを使って両耳で聞いてみてください。上から下に滑らかに流れるメロディーが2回聞こえるかと思います。次に、同じ曲をヘッドホンで片耳ずつ聞いてみましょう。両耳で聴いたときとは印象の異なるメロディが聴こえたのではないでしょうか。
実は、この部分は両耳で聴いた場合は、下記の[譜例 2]のように聴こえますが、楽譜では[譜例 3]のように書かれており、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの2つのグループによって演奏されます。
作曲者はなぜ、このような手法をとったのでしょうか。ウェブサイト「Hearing X」のAuditory Illusion in Music - [1] 錯聴(Musical illusion)とP. I. チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」Op.74 – に、この楽曲に関する詳しい考察が掲載されていますので、そちらもぜひごらんください。
参考文献
- Deutsch, D.: Two-channel listening to musical scales. Journal of the Acoustical Society of America, 57, 1156-1160, 1975.
- 「音のイリュージョン ― 知覚を生み出す脳の戦略 ―」 柏野牧夫著 岩波書店 2010年
- 森谷 理紗. (2018). Hearing X Auditory Illusion in Music - [1] 錯聴(Musical illusion)とP. I. チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」Op.74 -. https://sports-brain.ilab.ntt.co.jp/articles/haiim_1-1/index.html
デモについて
- デモの操作方法については、使用方法のページをごらんください。
- 錯聴デモを使用される際には、耳にダメージを与えないよう、お使いのデバイスの音量設定を最適な状態にしてからおためしください。